指に DxP 2017年12月24日 リオアニ?SS投下。いつも自分の書くものは大体「これが書きたかっただけ」なシチュエーションありきなんですが、今回はずばり、マフィア衣装のリオットさんのあの謎手袋(から出た指)を活用したかった、これです。都合よくまたマフィアになっちゃったーって感じで特にネタバレは無い、と思う。エロくも無い、と思う。 ■イナコの姫は只今外遊の真っ最中。セレンファーレン訪問をつつがなく――皇子たちのムチャ振りに応えたり雑用を押し付けられたり、呪いのなんとかが見つかったとかで大騒ぎの城の片付けを手伝ったりと、どちらがゲストかわからない扱いを受けつつも――終えたアニは、次の訪問国ミリドニアへと向かった。「よく来たな、歓迎してやろう!あのファミリーにまたも先を越されたのは面白くないがな!」「えっ、まだその謎の設定続いてるの!?」アニを出迎えたナレクは、見覚えのある白スーツを身に纏っていた。「お花ちゃんを攫いに行かなかっただけ、前より成長したよね~」「おかげで若い衆を動かさずに済みました」ヴィーノとリオットも例の衣装の効果がバッチリ発動している。長旅のせいではない疲労感に襲われたアニはがくりと肩を落とした。「……まあでも、何か問題が起こってるわけではないし」しかしそこはおおらかなイナコの姫、持ち前の懐の広さでこの状況を受け入れたのだった。「そうだ、セレンファーレンでお土産をもらってたんだ。みんなで食べない?」相変わらずの賑やかなやりとりがひと段落したタイミングで、アニはきれいに包装された木箱を取り出した。ふたを開けると、中には美味しそうな焼き菓子が詰められていた。「菓子……はっ!まさか、暗殺を狙って……?!」「一服盛られている可能性は否定できませんね……」「なんでそう話を物騒な方向に持っていくのー!!」真顔でとんでもないことを言い出すナレクとリオットにすかさずツッコむアニ。やっぱりこのモードではダメかもしれないと思った矢先。「お花ちゃん、これはミリドニアに渡すように言われていたのかな?」ヴィーノが真面目な声色でアニに尋ねる。「違うよ!これは私への贈り物。ここで食べようっていうのは完全に私の判断だよ」「そっか。ならこのお菓子は安全なんじゃないかな。お花ちゃんへのプレゼントである以上、お花ちゃんはほぼ確実にこれを食べることになる。あちらの人達が、まさかお花ちゃんの命を危険にさらすリスクを冒してまでうちを狙ってくるとは思えない」ヴィーノの推測に、ナレクとリオットも納得の表情を見せる。「そうそう、絶対そんな危ない物じゃないから!……みんなが嫌なら、無理に食べてもらうわけにはいかないけど……」困ったような顔をするアニに、ナレクが喜色満面で言い放った。「お前はどうしても俺様とその菓子を食べたいというわけだな!いいだろう、一緒に食べてやる!」「お花ちゃんの好意を無下にはできないしね~」「お二人がそうおっしゃるなら、異論はありません」こうしてこの話はなんとか丸く収まり、セレンファーレンのお菓子を囲んでのお茶会が開かれる運びとなったのだった。始まってしまえばお茶会は実に和やかな空気で進んでいった。見た目通り上品な味わいのお菓子を全員美味しくいただいた。「そういうわけで、明日には俺様コレクションの新作が完成する。今回は特別に、お前に一番に見せてやろう……っておい、聞いているのか?」先程まで相槌を打っていたアニからの返事がない。それを不服としたナレクがアニに詰め寄るが、アニは視線を斜め下に落としたまま喋らない。おや、とヴィーノとリオットの視線もアニに向く。すると、アニはごくりとものを飲み込むような動きをして顔を上げた。「……ちょっとぼーっとしちゃった。ごめんね」「大丈夫?どこか具合が悪いんじゃない?」「なんでもないよ。大丈夫。」「なんだ、心配させるな」「ごめんごめん」アニを気遣うナレク達に、いつものように受け応える。「本当に大丈夫?お花ちゃん、無理はしちゃだめだよ?」ヴィーノが気遣わしげに声を掛けると、アニは首を振った。「本当に大丈夫だよ。でも、今日はここでおいとまさせてもらおうかな」アニの言葉を受けて、リオットが立ち上がる。「では、部屋までお送りしましょう」「リオットさん……ありがとうございます、お願いします」「参りましょう」席を立つアニに、ナレクとヴィーノが声を掛けた。「今日はゆっくり休むんだよ」「ちゃんと元気になって、明日も顔を出すんだぞ!」二人の言葉に頷き、また明日、と挨拶すると、アニはリオットと共に部屋を出た。アニにあてがわれた部屋までの短い道すがら特に会話を交わすこともなく、二人はあっという間に目的地へと到着した。「リオットさんも、入ってください」一歩部屋に入ったところで、アニが言った。「どういうことですか」「少しリオットさんとお話がしたくて。ご迷惑でしょうか」「いえ、私は構いませんが……」「それじゃあ、どうぞ」みだりに女性の部屋に入ることをよしとしない考えの持ち主であるリオットだが、この日は何か思案するような素振りを見せたのち、入室することに決めたようだった。「失礼します」事務的に告げると、リオットは室内に足を踏み入れた。アニの前に立ち、その様子を窺う。顔色が悪いということもなく、会話も出来ている。それでも今のアニへの違和感が拭えず、リオットはアニの挙動を注視していた。「立ち話も何ですから、座ってください」「いいえ、お気遣いなく」断りの言葉を口にするリオットにアニがゆっくりと近づいていく。「遠慮、なさらないでください」そう言うと同時に、きゅっとアニがリオットの手を握った。用心棒という役職が一目でわかる衣装の、黒い皮手袋に覆われたリオットの右手をアニの両手が包み込む。やはり様子がおかしい、そう思ったリオットはアニの目を見据え、そして違和感を覚えた。今のアニの瞳には、いつものようないきいきとした輝きが感じられない。何かあったのかと問おうとしたリオットは、しかし、言葉を発することが出来なかった。アニがリオットの手を顔の高さまで持ち上げ、その剥き出しの人差し指を舐め上げたのだ。「姫!?一体何を……!」焦った声を上げるリオットにはお構いなしに、アニは指を弄ぶ。赤い小さな舌が骨ばった指のつけ根から指先までを這い上がる。その信じがたい光景と、指を伝う生暖かい感触に、リオットは思わず身を強張らせた。ゾクリと、この場で認識するのは不適切だと思われる感覚がリオットの背筋に走った。とにかくこの行為を止めさせなくてはとリオットが身を引こうとした、次の瞬間。ぱくり。あろうことか、アニはリオットの指を自身の口に咥え込んだ。「なっ…………!」リオットの思考が一瞬停止する。濡れた音を立てながら、アニの舌は尚も口内にほおばったリオットの指をなぞり撫で上げていた。想像だにしなかったアニの行動に虚を突かれるも、リオットはすぐに奥歯をグッと噛み締めて気を持ち直す。熱く柔らかいものが指を包む感触を極力意識から遠ざけながら、考えを巡らせる。今のアニの状態はどう考えても異常だった。ならばその原因を突き止め、元に戻さなくてはならない。あるいは少々手荒な手段を取ることになるかもしれないが、その制裁は全ての片がついた後に受けよう。そう覚悟を決めた時、リオットの、アニに咥えられた指先に何か硬質なものが触れた。明らかに異質な硬い感触に、リオットは咄嗟に指を引き抜いた。リオットの目つきが鋭さを増す。「姫、失礼」そう言うやいなやまだどこか虚ろな目をしたアニの顎を片手で掴むと、リオットは自身の人差し指と中指をアニの口に押し込んだ。「ふ……、んぅ……っ」アニが苦しげな表情で身体をびくつかせるが、リオットは二本の指で容赦なくアニの口内を探る。やがてリオットは指を引き抜くと、アニの口の中から取り出した物体を床に放った。見れば、それはうっすらと黒ずんだ銀の指輪だった。リオットはすぐにまたアニへと視線を戻し、その様子を窺う。「姫、状況を理解できていますか」ぼんやりしていた焦点が合い、はっきりとアニの瞳がリオットを捉える。とたんにアニの顔がみるみる青ざめていく。アニは勢いよく身を引こうとしたが、顎を掴むリオットの手がそれを許さなかった。「リオットさん、私、リオットさんにとんでもないことを……と、とりあえず拭かなきゃ……!」アニはハンカチを取り出すと、リオットの濡れた指をぬぐう。すみません、と何度も謝罪する様子は、いつものアニと変わらなかった。「謝罪はいりませんので、なぜこのような行動を取られたのかお聞かせいただきたい」どんな些細な変化も見逃すまいとアニに意識を集中させつつも、リオットはあくまで落ち着いた声で尋ねた。対するアニは、困惑したような表情で口ごもる。「なぜ……わかりません、なんだか頭がぼーっとしてて、気づいたら、あんな……」「意識はあったが、姫の意思ではなかった、そういうことですね」「……はい、そう、だと思います」「わかりました」そう言うと、リオットはようやくアニから手を離した。「では、あの指輪に見覚えはありますか?」リオットの視線の先には、さっき取り出された指輪。「あれは……私のではないです。イナコでも見たことはないし……」見覚えはなくとも、それをアニが所持していた――更に言えば、口に含んでいたのは事実だった。アニは必死に記憶をたどる。「……そういえば、お菓子を食べている時、何か変だったような……?」「まさか、菓子の中に指輪が?」確かに、王子達とお菓子を食べていたあたりからアニの様子がおかしくなったのはリオットも感じていた。しかし、もしもアニがお菓子と一緒に指輪を口に入れていたとして、アニがあのような行動を取った理由の説明にはならない。二人の間に沈黙が流れる。その時、バタバタと慌ただしい足音が部屋に近づいてきた。バァンと扉が勢いよく開け放たれ、ナレクとヴィーノが部屋に雪崩れこんでくる。「おい、無事か!?指輪はどうした!?」「無事そうだね、よかった……。あとナレク、ちゃんと説明しないと、お花ちゃんもわからないよ」アニに駆け寄りながら怒鳴るナレクとそれをたしなめるヴィーノ。二人の焦りようも気になるが、それ以上にひとつの単語がアニの心に引っ掛かった。「今、指輪って……」「それについてはオレが説明する」その言葉と共に部屋に入ってきた人物に、アニは目を丸くする。「メア皇子……!?」「皇子じゃなくてドンだって、何回も言ってるでしょ!」どこからともなくキュアランを取り出して会話を続けるその人物は、まぎれもなくメアだった。そして、なぜか、というかやはりというか、あの「都合のいい衣装」を身に纏っていた。「アンタ、ウチにいた時『呪いの指輪』が地下倉庫で見つかったって話を聞いただろ。それが、そこの指輪だ。」「呪いの何かが見つかったとか聞いた気はするけど……指輪だったんだね」「そう。それで、宰相が従者にそれを処分するよう命じたんだが、どういうわけかその指輪はアンタに渡すお菓子に混入した」「本当にどういうわけでそんなことが??」「まあヘマをした従者は今頃宰相の折檻だろうな。とにかくかなりヤバい呪いがかかってる指輪をアンタに持たせたことがわかって、オレが後始末に来たってわけ」「ヤバい呪いって、一体どんな……」「指にはめた者を呪い殺すんだと」「!!」メアから告げられた事実にアニが言葉を失う。その時、それまで黙って話を聞いていたリオットが突然向きを変えた。懐に収められているダガーナイフを素早く抜き放ち、振り下ろす。ガツンッと大きな音を立て、ナイフが床に突き立てられた。「指にはめた者を呪うというなら、こうすれば問題無いだろう」「うわ、真っ二つかよ……」突き立てられたナイフの切っ先で、指輪が二つに割られていた。「この指輪はミリドニアで処分させていただくということでよろしいか」「確かにこれじゃ呪うこともできないだろうし、こっちは全部説明したから、後は好きにしたらいい」鋭い目つきでメアを見据えるリオットに、ファミリーのドンとして正面きって対峙するメア。「経緯はわかったし、ひとまず解決はしたようだけど、これは大問題だよね~。セレンファーレンはどう落とし前をつけてくれるのかな?」睨みあう二人の間にヴィーノが割って入る。「だからドンであるオレがこうして詫びに来た」「……だってさ、アンダーボス。どうする?」ピリピリした空気に堪りかねて、アニが口をはさんだ。「ナレク、大丈夫だよね?そんなおおごとにしないよね?」ナレクはメアに向き直ると、口を開いた。「……お前、謝るために一人でここに来たんだろう。その度胸と、あいつに免じて、今回だけは見逃してやる」ナレクの言葉にアニがほっと息をつく。「あーあ、ナレクは甘いんだから。ボクなら色々条件つけるのに。……次の花冠祭はセレンファーレンがお花ちゃんを誘うのを禁止する、とかね」「その手があったか!」「おい、アンダーボスが一度言ったことだ、取り消しはナシだぞ。ていうかそんな条件飲めるか」「わかっている!二言はない!」「どうかな~、ナレクは気が変わりやすいから早く帰った方がいいと思うよ~」そして、メアは何事もなかったかのようにセレンファーレンへと帰っていき、この騒動は幕引きとなった。メアが去り、ナレクとヴィーノもアニの部屋を後にする。二人に続いて部屋を出ようとしたリオットだったが、アニの沈痛な面持ちに足を止めた。「姫、少しよろしいでしょうか」扉を閉めて振り返ると、リオットは有無を言わさぬ強い眼差しでアニに声を掛ける。「姫――」「リオットさん、ごめんなさい!!」リオットの言葉を遮って、アニが勢いよく頭を下げる。その声は震え、瞳には涙が浮かんでいる。「私、リオットさんにそんな恐ろしいことをしてたなんて……リオットさんに何かあったら、私、私……っ」「私は気にしておりません。だから――」「でも、もしかしたら、私のせいでリオットさんが――」アニの言葉がそこで途切れる。リオットがアニを抱きしめたのだ。「あれは姫の意思ではなかった。そして、結果的に私は何ともなかった。貴女が自身を責める理由などどこにもない」「でも……」「それに、私は貴女に無礼を働いた。余所のファミリーの姫にあのような乱暴を働くなど許されぬこと。……だが、もしも姫がどうしてもご自分を責めずにいられないというなら、互いに問題があったということで『おあいこ』としていただけないだろうか」リオットがこのような理にかなわない提案をしたのはひとえにアニの罪悪感を取り除くためであると、アニはすぐにわかった。アニの心中にはまだ申し訳ない気持ちが残るが、リオットの厚意を無下にするわけにはいかない。「……わかりました。リオットさん、ありがとうございます。リオットさんが止めてくださって、よかったです」アニの顔にようやく笑顔が戻る。それを見て、リオットも嬉しそうに表情をやわらげた。「姫を護ることが私の責務であり、望みですから」リオットの真っ直ぐな言葉に、アニの顔が赤くなる。「姫、どうかされましたか?」「いえっ、何でもないです……!」照れて顔を背けるアニに、リオットはそれ以上追求することはなく、ただそっとその頬に指で触れた。「……こんなにも感じる温度が違うのだな」「え?」「お気になさらず」リオットの呟きの真意を測れないまま、アニは黙ってじっとしていた。触れあったところからお互いの体温が伝わる。やがて、素肌の指が名残惜しげに頬を滑り、離れていった。(了)