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ミリドニアなう

更に続き

まだ終わっていなかったリオアニ未来転生パロです。
以下余計な前置き、本編は折りたたんだ続きから→リオット誕生日記念でpixivに先にアップしてしまったのですが、なんかまたプロットにちょっと足しただけみたいな文を載せてしまった…?という気持ちが爆発し、見直すことも出来ずここにアップもせず放置してしまっていました。
もっと没入感の増すような適度な風景描写というか、程よい余白というか…そういうのがほしい…言うは易しってやつですが。
そんな葛藤もありつつ、主体であるここに載せてないのは自分的にしっくりこないのでアップします。


リオアニ転生・主従逆転ネタ
初回と詳しい説明はこちら




その日、アニは朝一番で市場に来ていた。晴れ空の下、売り子も客も活き活きとしている。
買い物中に、アニは数人の顔見知りに出会い、言葉を交わした。そんな風にして交流を深めてきた人々や、すっかり馴染んだこの街との別れの日が、刻々と近づいていた。
故郷に帰りたい気持ちはもちろんあるが、それ以上に名残惜しい。アニがそう感じる一番の原因は他でもないリオットだった。
来ようと思えば首都を訪れることはできるし、街の人々と会うこともできる。親切な使用人夫婦もお願いすれば会ってくれるだろうが、リオットはそうはいかない。相手は貴族で自分は庶民、今の雇われの関係がなくなれば、もう二度と会うことは叶わない。そのことを考える度、アニはひどく悲しい気持ちになり、しかしそれではいけないと己を奮い立たせた。この臨時使用人としての仕事を全うし、最後にリオットに精一杯の感謝を伝えようと、アニは心に決めていた。
アニは必要なものを買いそろえ、屋敷へと歩みを進めた。頭の中で一日の計画を立て気合十分のアニだったが、途中でいかにも問題発生中という様子の二人の男を目撃してしまった。
「あんた、なんでここにいるんだよ。家に帰らなかったのか?」
「帰ろうとしたんだけどさあ……ヒック、なぜかまたここに着いちゃったんだよ~」
「それで朝までうちの前にいたのかよ! しかもこの酒の瓶……外でも飲んでたのか? いい加減帰ってくれよ! 帰れるだろ?」
店の前で転がっている男を、店主と思しき男が揺さぶっている。困り果てた様子の店主に、アニは思わず声を掛けた。
「あの、大丈夫ですか?」
「参るよー! これから仕込みをしなくちゃならないのに、でも放っておくわけにもいかないし……」
このままじゃ店を開けられない……と店主が頭を抱える。
「この人のお家って、この近くですか?」
「そう遠くないけど……まさか、こいつの面倒見てくれるのかい?」
「家まで送り届けるくらいなら……」
正直なところ、荷物を抱えているし、自分の仕事のこともある。しかし、放っておいては店主も気の毒だし、一晩こんな所で寝ていた男も心配だし、この酔っ払い男になんとか歩いてもらえれば、家まで連れて行くくらいはできるだろう、そうアニは考えて肯いた。
「本当かい! じゃあ、悪いけど頼むよ」
「そうはいかん」
喜色を浮かべた店主の言葉を、硬い声が遮った。
アニが振り返ると、そこにはリオットが立っていた。青みがかった灰色の瞳を鋭く細め、眉間には深く皺が寄っている。店主がひぇっと悲鳴にも似た声を上げた。
「リオット様……!?」
咎めるようなリオットの視線に一瞬たじろぐも、アニは恐る恐る口を開いた。
「その……お屋敷の仕事は必ず済ませますので、少しこの人のお手伝いを……」
「お前ひとりで、この酔っ払いの相手ができるのか?」
地べたにぐったりと座り込んでいる男を一瞥してリオットが言った。
「そ、それは……」
アニが言い淀んでいると、店主が間に割って入った。
「申し訳ございません隊長様! 隊長様のお連れ様とは知らず! こいつはこっちでなんとかしますので……!」
すると、酔っ払い男が突然がばっと顔を上げ
「そうだよ! な~んも問題ないよ、なあ! ワハハハ!!」
と、大笑いしながら店主の脚をバシバシ叩いた。店主はお手上げ状態で、天を仰ぐばかり。
「リオット様、やっぱり私……」
「駄目だ」
「でも……!」
どちらも引かず、しばしの沈黙の後、はあ、とリオットが溜息をついた。
「……私がこの者を送り届けよう」
その言葉に、アニと店主が慌てた声を上げた。
「でもリオット様、お仕事中なのに……!これは私が……」
「隊長様にそんなことさせるわけにはいきませんよ!」
両者の制する声には耳を貸さず、リオットは座り込んだままの男へ歩み寄る。
「お前、立てるか」
「ええ? もちろんですよ! ほら…………っとと」
男が柵につかまって立ち上がるが、その足元は覚束ない。
「この者の住所は?」
「ほ、本当に、隊長様が?」
「仕方あるまい」
リオットに言われ、店主がひたすら恐縮しながら男の居所を教える。
「リオット様、私もお手伝いしましょうか?」
アニの申し出に、リオットは
「必要ない。お前はまっすぐ屋敷に帰るように」
と、きっぱりと言い切った。
「さあ、行くぞ」
そう声を掛け、リオットが男の肩に腕を回し体を支える。
「なんだい兄ちゃん、心配性だねえ! オレは一人で歩けるよ?」
またも大笑いしながら男がリオットの背中をバシバシと叩く。リオットが顔をしかめ、店主はリオットに平謝りに謝った。
「すみません、リオット様。……本当に、ありがとうございます」
そう言って頭を下げたアニに、リオットはもうひとつ小さな溜息をつくと、ああ、とだけ答え、男を連れて歩き出した。
その後、アニは言いつけ通りまっすぐ屋敷へ帰り、自分の仕事に精を出した。掃除に、郵便物の仕分け、備品の補充、そして頼まれてもいないのに庭の草むしりまで行った。
午後になり、リオットが帰宅した。アニは玄関で主を出迎えると、再び頭を下げた。
「リオット様、おかえりなさい。今朝は、ありがとうございました」
アニの礼に、リオットはああ、と短く答えた。
「あの後、大丈夫でしたか……?」
「あの酔っ払い……、帰り着くまでずっと、道が違うだの、あの店に寄りたいだの、仕事がしんどいだのと好き放題騒いでいた。だが、引き渡した奥方にものすごい勢いで説教を食らっていたから、少しは反省しただろう」
「そうでしたか」
その場面を想像してアニは苦笑した。
「それよりも、今後はあのような場に出くわしても、無暗に事を引き受けないように」
リオットが鋭い視線をアニへ向ける。
「いえ、でも、介抱して手を貸すくらいは……」
厳しく断ずるリオットに、アニが困惑交じりに笑ってそう言うと、リオットの表情が険しくなる。
「相手がどんな輩かもわからないのにか? そもそも、男にその身を触れさせるなど言語道断だ」
有無を言わせぬ強い語調に、思わずアニは身を縮める。それを見たリオットは、溜息を一つついて言った。
「お前を責めているわけではない。ただ、もう少し警戒心を持つべきだということだ。……特に、男には」
大げさな、とは思ったものの、アニはリオットの忠告を素直に受け止めた。……が、最後に付け加えられた一言にリオットの私情がたっぷりと含まれていることには気づきもせず、これが軍人で貴族な方の危機管理意識か――と、若干ずれた受け止め方だった。
「はい、わかりました」
「わかればよろしい」
そんなやり取りを交わしたのち、リオットは自室へ入り、アニは残りの仕事を片付けた。日が暮れかけたころ、今日やるべきことをすべて終えたので、アニは仕事から上がる前に挨拶をするためリオットの部屋を訪れた。
扉が開いていたので、失礼しますとアニが声を掛けるが、返事がない。別の部屋にいるのだろうかと思いながら念のため中を覗くと、リオットがソファに腰掛けたまま眠っていた。全く隙がないというわけではないが、たとえ自分の屋敷の中でもお堅く規律正しいリオットがこのようにうたた寝をしている姿を、アニは今まで見たことがなかった。部屋に入って近づいてみると、持ち帰った仕事をしていたらしく、傍らのローテーブルには書類が広げられている。
リオットは昨晩から夜通し王城に詰めていた。夜勤で疲れていたに違いないのに、朝にあんなトラブルに巻き込んでしまったことをアニは後悔した。しかし、それをリオットに伝えたら、リオットは気にするな、当然のことをしたまでだと言うのだろう。それがわかるくらいには、リオットと同じ時間を過ごしてきた。
アニは足音を立てないよう静かに部屋を出ると、ブランケットを手にしてリオットのもとへ戻る。そうして行き来してもリオットは変わらずソファで眠り続けているので、アニはますます驚いた。
傍へ寄り顔を覗き込む。あの青みを帯びた鈍色の鋭い瞳は瞼の下に隠れ、普段は後ろに撫でつけられている黒髪が閉じた目元にかかっていた。逞しく鍛えられた胸が、呼吸に合わせて穏やかに上下する。
アニはリオットを起こさないよう細心の注意を払いながら、ふわりとブランケットをかけ、
「お疲れ様です、リオットさん」
ごく自然に、そう呟いていた。
その瞬間、パチッとリオットの目が開いた。背もたれに預けていた身を起こし、その瞳にアニを捉える。
「すみません、リオットさん。起こしちゃいましたね」
申し訳なさそうな表情のアニを食い入るように見つめながら、リオットが言った。
「今、名前を…………」
名前――。アニがわずかの逡巡の後、さあっと顔色を変えた。
「もっ、申し訳ございません! 私、無礼な呼び方を……!」
高貴な身分の主に仕える使用人には許されざる失態に、アニは深々と頭を下げる。しかし、リオットはというと、アニを見つめながらもどこか心ここにあらずといった様子だった。
「なぜ、そのように……」
「……え?」
今までミスをしてもアニを罰することなどなかったリオットでも流石に怒るだろうし、仮に態度には表さなくても不愉快に思っただろう。アニはそう思っていたのだが、どうもリオットの様子がおかしい。アニが困惑して何も言えずにいると、リオットは自分の発言を取り消すように手を振った。
「いや、いい……。私は、どのような呼び方でも気にしない。だが……」
そこまで言って、リオットは黙り込んだ。リオットが気分を害していないことを察してアニは少し安堵するが、一方で何を考えているのか、何を伝えたいのかが全くわからず、ただ黙って次の言葉を待った。
やがて、リオットがぎこちなく口を開ける。
「もし、その方が呼びやすいなら『さん』で構わない。むしろ私は、その方が……馴染む」
アニは、リオットから告げられた内容を咀嚼する。本来なら、リオットほどの身分の貴族が使用人に「さん付け」で呼ばれることなどあってはならない。しかしリオットは、理由は全くの不明だが、それを望んでいるらしい。そしてアニは、リオットが許すならばそう呼びたいと、はっきりと思った。無意識のうちに零れたその呼び方が、まるで今までずっとそう呼んでいたかのようにしっくりきて、なぜか胸の奥が暖かくなるような心地がしたのだ。
「本当に、いいんですか?」
「問題ない」
リオットが頷く。
先程はあんなに自然に口にしていたのに、許可を得て改まって呼ぶのは気恥ずかしいことにアニは気づいた。嬉しい、恥ずかしい、緊張する、怖い、心地良い、懐かしい。いろんな感情が溢れてごちゃ混ぜになる。
「じゃあ、改めて……よろしくお願いします、リオットさん」
アニの凛とした、しかしどこまでも親愛に満ちた声がその名を紡ぐ。その名を呼ばれたリオットがほんの一瞬微笑んだのを、アニは確かに見た。

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