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ミリドニアなう

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誕生日

リオットさんお誕生日おめでとうございます!
というわけで、ラブエン後リオアニSSです。
この一年で過去の掘り下げがかなりあったので、そんな要素もありつついつも通りな感じのリオアニです。
これは後ほどpixivにもアップします。



誕生日の朝、リオットはいつもと同じ時間に目を覚ました。しんと冷たい朝の空気を肌で感じながら、今日が非番であることを頭の中で確認する。休日であろうとも鍛錬を欠かさないリオットは早々に身を起こしたが、そこではたと動きを止める。
動きを止めたリオットは、眠っている間に見た夢を思い出していた。普段は夢など見ても振り返ったりすることはないのだが、その日の夢は妙に心に引っ掛かり、すでに失われかけているその輪郭を留めようとリオットは意識を集中させた。そうして思い返していると、心を引かれた理由はすぐに見つかった。ぼやけた表情を瞼の裏に浮かべながら、あいつらだったのかと胸の内で呟く。かつて共に学び、共に戦ってきた準騎士時代の仲間達を夢に見たのだと気づき記憶を辿ると、ひとつ、またひとつと、夢の情景がよみがえる。自分達がいた場所はかつて訪れた酒場であった気もするし、全く知らない空間であったような気もする。いるはずのない者がそこにいて、現実には存在しない場所に自分が存在している、理屈の通らない夢の世界――。
しばらく思案に沈んでいたリオットだったが、もうこれ以上は夢の内容を思い出せないと判ずると、今度こそ寝台を出て立ち上がった。今日の午後はアニがイナコから来訪する予定になっている。グズグズしてはいられないと、リオットは早速身支度に取り掛かった。
リオットは鍛錬と朝食を済ませると、アニの訪問に備えて部屋を片付けた。と言ってもこの家は既に使用人によって掃除されており、そもそも片付ける物などほとんどないためそれもあっという間に完了してしまう。有事の際はいつでも出られる状態でいたが、今のところそのような連絡も入らない。
アニはどの辺りにいるだろうかと、リオットは今頃キャラバンでこちらに向かっているだろう恋人へと思いを馳せる。アニの行程を考えると今から迎えに行くのは早すぎる。行き違いになっては意味がないため予定を早めて迎えに行くようなことはないが、リオットは自分の内に一刻も早く会いたいと逸る気持ちがあることを認めないわけにはいかなかった。
その後の時間を新しい兵法書を読むことに使うことにしたリオットは、目当ての書物を取り出すと黙々と読み進めた。要点に印を付けつつ最後まで読み終えて顔を上げると、太陽がだいぶ高くなっていた。少し早いが外で昼食を取り、それからアニを迎えに行けば丁度いいだろう。リオットはそう考えると、外套を羽織って剣を背負い、城下町へと繰り出した。

外に出ると、よく晴れた空から柔らかな日差しが降りそそぎ、冬の厳しい寒さを幾分和らげていた。この気候ならばアニの旅路も大きな困難はないだろう、などと考えながら、リオットは歩みを進める。人々の活気あふれる市場を足の向くまま歩いていくうちに、気づけばリオットはある店の前に出ていた。
「ここは……」
その店にリオットは見覚えがあった。そこは確かに、何年も前に同僚と――今朝夢に見た仲間達と訪れた店だった。リオットの記憶ではそこは酒場だったが、昼間は喫茶店として営業しているらしく、店内には数人の客の姿が見えた。
そうして昔を思い出すことに意識を向けていたため、リオットは自分の方へと近づいてくる人物に気づかなかった。
「リオットさん!」
リオットが驚き振り返ると、そこには最愛の恋人が、わずかに息を切らせて立っていた。
「やっぱり!市場にキャラバンを停めていたら後ろ姿が見えて……人が多くてなかなか追いつけませんでした」
「アニ、姫……!? 何故、いや、もう到着されていたのか」
「早くリオットさんをお祝いしたくて、急いで来ちゃいました」
少しばつが悪そうに笑いながら、頑張ったのはグリまると馬なんですけどね、と付け足すと、アニは心持ち姿勢を正しリオットを真っ直ぐに見つめた。
「リオットさん、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、姫」
アニの言葉に、リオットはふっと目を細めて答えた。
「ところで、リオットさんはこのお店に用があったんじゃないですか?」
アニに問われると、途端にリオットの表情が渋くなる。
「いや、用ということはなく……、姫が来られているというのに、暢気にも昼食を取ろうとしていた」
「そんな、私が勝手に早く来ただけですから気にしないでください」
アニはそう言ったが、真面目すぎるリオットのこと、自分に非があると感じているのは明らかだった。そんなリオットの意識を逸らそうと、アニはリオットの手を引いた。
「実は、私もちょうどお腹が空いていたんです。よかったら、ここでお昼にしませんか?」
「いや、この店は……」
いかにプライベートでの訪問とはいえ、この店が一国の姫君をもてなすに相応しい店だとはリオットには思えなかった。問題があるというわけではないが、若い騎士達が集うような俗な酒場だ。
しかし、アニはリオットの憂慮など気にも留めず店の戸を開け中へと入っていく。リオットは躊躇いつつも、アニに押し切られる形で後に続いた。

店の中は、まだ客が少ないせいか穏やかな雰囲気で満ちていた。板張りの床と壁に、やや背の低い木製のテーブルと椅子が並んだフロアは、どこか家庭的な印象を与える。
給仕に案内された席に着くと、アニは言った。
「良い感じのお店ですね。なんだか落ち着くなあ」
アニに危害を加えるような輩がいないかを真っ先に警戒していたリオットも、その危険はないと判断すると改めて店内を見回した。以前訪れた時の印象とだいぶ違って見えるのは、時間帯が違うせいか、それとも自分の記憶違いか。あるいは本当に内装が変わっているのかもしないが、ひとつだけ、リオットの記憶と合致しているものがあった。
それは楽器だった。酒瓶や観葉植物の隣に、様々な種類、形の楽器が並べられている。
「……そういえば、そんな店だったな」
「リオットさんは、ここに来たことがあるんですか?」
「ああ。つい先程まで忘れていたくらい、昔の事だが」
それを聞いてアニは目を丸くする。
「それって、音楽を聴きに来たんですか?」
「いや。あの時は夜に酒を飲みに来たのだが、こういう趣の店とは知らずに同僚に連れてこられた。私としては、酒があれば何でもよかった」
「そうですか」
何だかその図が想像できるなあ、などと思いながら、アニは笑った。

そうして会話を交わしながらアニとリオットが食事をしていると、店の奥から一人の男が現れ、フロアの開けたスペースへと進み出た。その脇には、店内にいくつか飾られているものと同じ種類と思しき楽器が抱えられている。
「あれ、リュートかな?もしかして、弾いてくれるんでしょうか」
すると、側を通りかかったこの店のおかみさんといった風貌の女性が答えた。
「そうですよ! 普段は夜だけなんだけど、たまにこうして昼にやってもらうことがあるんです」
「そうだったんですか。偶然そんな日に当たるなんてラッキーですね」
アニが嬉しそうに言うと、リオットもそれに同意した。
「ああ。まさか演奏が聴けるとは思わなかったな」
客達が注目する中、男がリュートを構えその弦を爪弾くと、優しげな、そしてどこか哀愁を帯びた音色がフロアに響いた。ゆったりとした心地よい音楽が奏でられ、聴衆達は皆それに聴き惚れているようだった。やがて演奏が終わると、あちこちのテーブルから拍手が沸き起こった。アニとリオットも、片方は笑顔で、もう片方は真面目な顔で奏者に拍手を贈った。
奏者は次々と演奏を披露した。一曲目のような楽器だけの独奏曲もあれば、リュートの伴奏に合わせて歌う弾き語り曲もあった。
少し間を置いて、奏者が再び音楽を奏で始める。瞬間、その音がリオットの記憶を呼び覚ます。リオットは男に視線を向け、その歌に聴き入った。脳裏に、いつかのまだ青臭い自分と仲間達の姿が蘇る。

『知ってるか、これ。いい曲だよなあ』
『だなあ……ってお前、なんだその興味なさそうな顔』
『こう、恋の苦しみを歌に重ねたり、するだろ?』
『しない』
『っかー! すかしてんなー!』
『いや、さてはお前、お子様だな?』
『誰がお子様だ!』

奏者はリュートをかき鳴らし、情感豊かに恋の歌を唄い上げた。
「もしかして今の、知っている曲でしたか?」
その曲が終わると、アニはそっとリオットに尋ねた。
「ああ……まさに以前この店で聴いた曲だった」
「それはすごい偶然ですね!」
アニは楽しげに微笑んで言った。正直なところ、リオットが恋の歌を真剣に聴いている姿はあまりに意外過ぎて少々戸惑う程だったのだが、その理由を聞いてなるほどと納得した。しかし、もしかしてもしかしたら、リオットがこの歌を気に入っていたということもあるかもしれない、そう思ってアニはもう一つ尋ねてみた。
「久々に聞いたその歌はいかがでしたか?」
「……今聴いても、軽薄で安っぽい歌詞だ」
リオットらしい厳しい評価に、アニは思わず苦笑を漏らす。しかし、リオットの言葉には続きがあった。
「だが……その方が真に迫るものなのかもしれないな」
アニは驚き、意外な感想を口にしたリオットをまじまじと見た。
「今までは、こういった大衆向けの歌など耳に入れる必要のないものとしか思っていなかったが……案外悪くないものだ。そして、そう思えるようになったのは、貴女が傍にいるからだ」
思いもよらぬ告白に、アニはえっ、と声を上げる。リオットの眼差しからは、心からそう思っていることがありありと伝わってくる。照れくさそうに視線を彷徨わせるアニを、リオットは愛おしげに見つめていた。

それからしばらくして、リオットとアニは小さなコンサート会場を後にし帰路についた。自宅に着くと、リオットはアニを中へと招き入れた。
「外を歩いて冷えただろう。火を点けて来るから、少し待っていていただけるか」
そう言うとリオットは奥の部屋へと荷物を運び、部屋を暖めるため暖炉に火を点けた。リオットが戻ると、アニは寒さもなんのその、気合十分といった様子で腕まくりをしていた。
「それじゃあ、約束通り私が晩ご飯を作りますね!」
リオットは一瞬呆気に取られたような表情を見せたが、すぐ元に戻ると、それを阻むようにアニの腕を掴み自分の方へと向き直らせた。
「その前に一つ、私の願いを聞いていただけないだろうか」
「はい、何ですか?」
素直に頷くアニをぐっと引き寄せ、リオットが告げる。
「誕生祝いに、口づけを賜りたい」
アニの頬がほのかに朱に染まる。心の準備をするように一呼吸おいてから、アニは答えた。
「……はい」
どうすればその望みを叶えられるのかを、アニは既に知っている。だからアニは静かに瞳を閉じた。すると、リオットの手が顎に掛かり軽く持ち上げられ、やわらかな温もりがアニの唇に落とされた。
互いの温度を確かめるように触れ合わせていた口づけが徐々に熱を孕んでいく。リオットは薄く開いた唇の間から舌を滑り込ませると、より深くアニを求めた。アニがかすかに吐息を漏らすと、それすら奪うように唇を塞ぎ、絡めた舌を甘く吸い上げた。
リオットがやっと満足してアニを解放すると、アニは真っ赤になった顔を隠すかのようにリオットの胸にうずめた。その様子をどこか嬉しそうに眺めていたリオットは、アニの背に腕を回すと、耳に顔を寄せて囁いた。
「……姫。愛している」
アニだけにしか聞かせない甘く熱を帯びた声色が、アニの胸を高鳴らせる。ゆっくりと顔を上げたアニの少し困ったような表情がすぐに幸せそうな笑顔へと変わるのを見て、リオットも一層笑みを深めた。
「前にも言ったが……、貴女のおかげで私は、一人のひとをこうも深く愛し、それが幸せなことだと知ることができた。貴女は、私が一番初めに望んだ「皆を守る」ことと、それが即ち人々の日常を……そこにあるささやかな幸せを守ることだと思い出させてくれた。そればかりか、貴女は私自身がそれを求めることをも許してくださった。私は、言い尽くせないほど多くのものを、姫から与えられた」
リオットの真剣な眼差しと言葉に、アニは胸がぎゅっと締め付けられるのを感じた。心から溢れ出る想いをアニはそのまま口にした。
「私こそ、リオットさんと出会って、こんなにも誰かを好きになれることを知ったし、リオットさんにたくさんの幸せをもらってます。私は……リオットさんを、愛してます」
「……そうか」
リオットが抱きしめる腕に力をこめる。それは、腕の中の何よりも大切な存在を誰にも奪わせはしないと言っているかのようだった。
「アニ姫、これからも永遠に貴女を守り、愛し続けよう」
リオットはそう誓うと、再びアニを引き寄せキスをする。アニもそれに応えるようにリオットを抱きしめた。
二人の間で何度でも紡がれる愛のことばは、いつまでも色褪せることがないだろう。

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