水 DxP 2018年02月25日 前記事で言っていたのとは別のSSが出来上がってしまったのでup。たぶん新作バレンタインと復刻バレンタインで多量の糖分を摂取したせいですね…ごちそうさまでした。ラブエン後のリオアニがいちゃいちゃしてるだけ。 ■物音を立てないよう注意を払いながら廊下を進む。ここは自宅であるから常ならばそのような気遣いは無用なのだが、今は姫が滞在している。今夜はどうしても外せない仕事があり帰宅が遅くなるため、姫には先に休んでいてほしいと伝えてある。姫の眠りを妨げるのは忍びない。カタン、と小さな音を立ててダイニングの扉を開くと、テーブルの傍ら、ランプの明かりに照らされた姫の姿があった。「姫……」私が驚いた声を上げると、「わっ、気づかなかった!おかえりなさい、リオットさん」姫が立ち上がりこちらへ近づいてきた。白い寝間着に桃色のガウンを羽織ったその出で立ちは、普段よりも――普段からなのだが、より一層――無防備な印象を私に与えた。「遅くまでお疲れさまでした」そう姫に笑顔で労わられ、思わず頬が緩む。「どうかしましたか?あっ、もしかしてお腹空いてますか?」「いや、水を飲みに来ただけだ」私の様子を気にかける姫にそう答えると、「お水ですね」と言い、姫はテーブルの水差しからグラスに水を注いだ。どうぞ、と差し出されたグラスを礼を述べて受け取り、一気に飲み干す。「良い飲みっぷりですね~!もう一杯いりますか?」「ああ、いただこう」酒盛りでもしているかのような調子の姫につられて笑うと、私はグラスを姫に渡した。2杯目を注ぎながら姫が言う。「こんな時間までお仕事でお疲れでしょう。今日はゆっくり休んでくださいね」そこで私ははたと気づく。「私は問題ない。それよりも、姫、なぜこのような時間まで起きていらっしゃるのか」愛らしい振る舞いに絆されつい忘れそうになったが、すでに普段の姫ならばとっくに就寝している時間。にもかかわらずこうして起きているのだから、何か問題があったのではないかと疑うのは当然の事だった。体調が優れないか、あるいは、不安にさせてしまったか……。「いえ、それは……」言い淀む姫を見つめ真意を探る。ややあって姫はこちらから視線をそらすと、悪事を咎められた子供のようなしおらしさで「リオットさんにおやすみなさいが言いたくて、夜更かししちゃいました」と答えた。予想外の返答に思考が一瞬停止する。しかしすぐにその言葉の意味するところを理解して、熱い想いに胸を突かれた。一日の終わりに愛する人を一目見たい、一言言葉を交わしたいと思ってはいたが、姫も同じ思いで健気にも自分の帰りを待っていたということか。私は姫からグラスを取り上げると、それをテーブルの少し離れた場所に置いた。そして、姫の脇の下に手を差し入れて持ち上げ、テーブルの上に座らせた。「……え?」「行儀が悪い点には、目をつぶっていただきたい」両手をテーブルにつき、要領を得ないといった顔の姫に半ば覆いかぶさるような体勢をとる。先程より近い距離で姫の瞳を覗き込むと、頬がほんのりと色付いた。「姫、貴女は本当に私の劣情を刺激するのがお上手だ」「……れ、れつじょ、って……!」私の言葉に、姫の頬が今度はあからさまに赤くなる。「だが、たまには姫にもそういう感情を抱いてほしいものだ」そう私が言うと、姫はきょとんとした顔になる。そして、「私だって……リオットさんに触れたいって、思います」と呟いた。その言葉がどれほど私を揺さぶっているのか、この方は気づいていないのだろう。しかし、敢えて教える必要もない。僅かに顔が熱くなるのを自覚しながら、私はあくまで平静を装った。「触れられるより触れる方をお望みである、と」そう問えば姫は口ごもる。「……触れられるのも、嬉しいですけど……」思わず黙り込んで姫の台詞を頭の中で反芻する。姫はといえば、あまりの恥ずかしさに顔を背け、足を小さくバタつかせていた。ともあれ、触れられて嬉しいという証言を得た私は、熱を持った姫の頬へ手を伸ばす。指先でその温度を確かめると、次は肩口に手をやりそこにかかる髪を後ろに流す。そして露わになった白い首筋に顔を寄せた。こうすると姫の匂いがよく感じ取れる。私は鼻先を摺り寄せて深く息を吸い、そのどこか甘く快い匂いで肺を満たした。姫がそっと私の頭に触れ、髪を梳くように撫でた。姫にしてみれば幼子をあやすような感覚であるのかもしれないが、その手つきにますます愛しさが募る。口を軽く開き姫の首筋に押し当てゆるく吸い上げると、姫が身体をひくりと震わせた。顔を上げ姫を見れば、その瞳が部屋の明かりに揺らめいていた。もう十分に心は満たされているというのに、そんな表情や所作の一つ一つが強い衝動を呼び起こす。この想いは、まるでグラスに注がれる水のようだ。何度飲み込んでも次々と注ぎ足され溢れてしまいそうになる。万が一にもこの水をこぼして姫を悲しませることのないように、最大限の自制心を働かせる。私は、アニ姫の笑顔を曇らせるようなことを望んではいないのだから。視線を絡めたまま顔を近づけると、姫はゆっくりと瞳を閉じた。私からの口づけを静かに待つその姿に、狂おしいほどの愛しさが胸に溢れる。この身の奥深くで燻る熱を自覚しながら、私はそっと姫の唇に己のそれを重ね合わせた。