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ミリドニアなう

続き②

久々の、しかも誕生日の更新がこれかい!しかもまだ終わらんのかい!というツッコミを己に入れながらupします…。

リオアニ転生・主従逆転ネタ
初回と詳しい説明はこちら
キリの悪かった前回の続きから






リオットの「軽食」はそれなりのボリュームを要することを心得ているアニは、ソーセージにポーチドエッグ、朝市で買ってきたばかりの新鮮な野菜のサラダを大急ぎでこしらえると、バゲットを切り分けた。
「リオット様、お食事の用意ができました」
そうリオットに声を掛ける頃には、アニはすっかりいつものペースを取り戻していた。
「それじゃあ、私は洗濯をしてきます。今日は天気も良くて絶好の洗濯日和ですから!」
つきっきりでの給仕は不要と言い含められているため、アニは食事を運び終わるとすぐに次の仕事に取りかかった。ダイニングを出ていく軽やかな足音を、リオットはそちらを見ずに聞いていた。

アニの用意した食事を食べながら、リオットは「イナコのアニ姫」について思いを巡らせる。故国イナコを愛し、イナコを守るためミリドニアと和平協定を結んだ姫君。騎士リオットはその姫と出会い、親交を深めた。掃除や洗濯から書類整理まで、あらゆる仕事を手伝おうとする姫らしくない振る舞いにリオットは何度も驚かされたのだが、そんな気さくで人のいいところを好ましいとも感じていた。しかし、一度は交わった人生は道を分かった。アニ姫と離れた後の記憶はあいまいで、その後自分とアニ姫がどう生きたのかは不明だが、分かれた道が再び交わることはなかったとリオットは記憶している。
それはもはや数えきれないほど繰り返し思い出しなぞった「記憶」だった。そして、このことを思い出すと、最後にリオットは決まって“道を分かった後”のアニ姫へ思いを馳せるのだった。それはもう過去の出来事で、今のリオットが何を思っても無為なことだと理解しながら、それでもアニ姫が幸せな人生を歩んだことを祈らずにはいられなかった。
それから長い時を経た今のイナコとミリドニアの両国は、然程友好的というわけではなく、しかし険悪な関係になることもなく、つかず離れずの距離感を保っていた。「イナコの平和を守る」というアニ姫のかつての願いはいまだ叶い続けていると言えるだろう。
リオットは目をつむり深く息を吐いた。そして次に目を開けた時には、「アニ姫」のことは頭の隅に追いやっていた。たとえ今雇っている少女がアニ姫に生き写しで、かつ同じ名前を持っていようとも、向こうはリオットのことなど知りもしない赤の他人なのだ。それなのに姫の面影を重ねるなど愚かなこと、リオットは心の内でそう言い切り、己の感傷を胸の底へと押し込んだ。
ダイニングを出て、いつも通りの気難しそうで少し近寄りがたい印象を与える表情でアニに外出すると告げると、リオットは街へと出掛けて行った。

リオットが出掛けている間に、アニは次々と家事を片付けた。良く晴れているのであれもこれもと洗濯し、それが終わると屋敷の周りの掃き掃除をした。青空からやわらかい陽の光が降りそそぎ、心まで軽く晴れやかになるようだった。
その時、アニはこちらに近づいてくる人影に気づいた。
「おはようございます。郵便です」
「お疲れ様です。今日はいい天気ですね」
現れたのは郵便配達員だった。郵便物の受け取りで毎日のように顔を合わすため、時折ちょっとした世間話をする程度には馴染みの人物となっていた。
「今日はちょっと多いんですよ、……ハイ、こちらです」
葉書や封筒の束を渡しながら、配達員が言う。
「それにしても、こんなお屋敷を一人で切り盛りするのは大変でしょう」
配達員の何気ない問いに、アニが笑顔で答える。
「初めて見た時は大きいお屋敷だなーって思いましたけど、リオット様もできる範囲で構わないって言ってくださるので、全然大変じゃないですよ」
それを聞いて、配達員は面白がるような顔をする。
「へえ、それは意外! いやね、僕の知人が軍にいるんですけど、『訓練の時のリオット隊長はマジで鬼』って言ってたんで。まあ、さすがにこんな女の子相手に鬼にはならないか!」
「全然ないですよ! 本当に良くしてもらってます」
「ハハハ、そうですか!」
配達員はからからと笑いながら、それじゃあ失礼します、と軽く会釈をする。アニもお礼を言うと、屋敷へと戻った。
「マジで鬼、かあ……」
アニは部屋で手紙を仕分けながら、先程の配達員の言葉を思い返す。
これまでリオットに接してきて、真面目さや厳格さを感じることはあれど、荒っぽい姿を見たことはなかった。
「荒々しいリオット様なんて、あんまり想像できな……意外と想像できる」
あの筋骨隆々とした肉体だ、相当な力持ちであることは想像に難くないし、おまけに物語の魔王のような高笑いなんかしてる姿まで浮かんでくる。と、そこまで考えてアニはぶんぶんっと頭を左右に振る。
流石に今の想像は失礼に値するだろうが、実際のところ軍人としてのリオットがどんな感じなのか、アニは俄然興味を持ったのだった。

正午を過ぎてしばらくたち、アニは外に干した洗濯物を取り込むために裏庭へ出た。朝よりも風が強くなっており、洗濯物がバタバタと音を立てて翻っていた。せっかく綺麗に洗った洗濯物が吹き飛ばされてはかなわないため手早く取り込んでいくアニだったが、シーツに手を掛けた瞬間ひときわ強い風が吹き、大きくはためいた布が勢いよくアニの頭にかぶさった。
「わぷっ、か、風、強すぎ……!」
アニは張り付いたシーツを取ろうともがくが、正面から風を受けなかなか思うようにいかない。しかし、不意にアニを覆っていたシーツが取り除かれ視界が開け、不思議に思い振り向くと、アニの後ろにシーツを手にしたリオットが立っていた。
「リオット様……ありがとうございます! あ、これはふざけてたわけではなく……!」
「わかっている。布を被ってはしゃぐような歳でもあるまい」
「はい……」
つまり布を被ってはしゃぐ子供のように見えたのか、とアニは恥ずかしくなり顔を背けた。そんなアニを気にすることもなく、リオットはシーツを腕に掛け、側に置かれている乾いた洗濯物が山盛りの籠を見下ろして言った。
「随分と洗ったのだな」
「はい。いい天気だったので気合が入ってしまって、シーツとかテーブルクロスとか大物もまとめて洗っちゃいました」
「そうか」
そう短く答えたリオットの声色がどこか穏やかに聞こえて、アニは、リオットもこんなに天気が良いと普段の厳めしさが和らぐのだろうか、と思った。そして、アニがそんなことを考えているうちに、リオットは足元の籠を持つと、屋敷に向かって歩き出した。
「あ、リオット様……!」
アニが慌てて手を伸ばすが、構わん、と一言だけ返し、リオットはそのまま室内へ入っていった。

「籠、運んでいただいてありがとうございました。今お茶を淹れますね」
部屋に入ると、アニはリオットにそう声を掛けた。すっかりお馴染みになったティーセットをトレイに乗せてリビングへ運ぶと、リオットは今日届いた郵便物を確認していた。
邪魔にならぬようトレイを置いてすぐに下がろうとしたアニに、リオットから意外な言葉が掛けられる。
「今年に入ってイナコとの交易は民間レベルでかなり盛んになったが、それにはミリドニアの商人の強い働きかけがあったからだと聞いた。もしやそれに……」
そう言って、リオットはアニの顔を見た。アニは思いもよらぬ話題に驚いた表情を見せるも、すぐにリオットが尋ねるところを理解し
「はい、私も交流推進派として参加しました」
と答えた。
「やはりか。先程会った人物が商業組合の関係者で、そのような事を言っていたのでな。中心人物が若い女商人というから、まさかと思ったのだが」
「中心人物だなんて! 私の村はイナコと近いから、もっと交易が盛り上がればいいなって思って。それで皆に呼びかけたら、たくさんの人が賛同してくれて。私は、大したことはしてないんですよ」
アニはそう言って謙遜したが、この少女が両国の交易の発展に尽力し、多くの人がそれに感化されたに違いないとリオットは確信していた。
「イナコには……何か特別な思い入れが?」
リオットの質問に、アニはうーんと首をひねる。
「きっかけは自分の村から近かったから、なんですけど……でも、イナコに行く度にいいところだなあって思って。みんな優しくて、外国から来た私たちにも親切で。それに、あの雰囲気がなんだか肌に合うんですよね」
アニの言葉には、イナコへの想いが十分なほどこもっていた。
「だから、思い入れもあるし、これからも仲良くできたら、と思っています」
そう語るアニは、眩しいほどの笑顔を浮かべていた。
そして、それを聞いていたリオットは、そうか、と呟いた。
「……貴女は今も――……」
「えっ?」
リオットの呟きがあまりに小さくて聴き取れず、アニが首を傾げる。
「いや、……私も、何かあれば協力しよう。もちろん職権をふるう訳にはいかないが、私個人にできることならば」
「ありがとうございます!でしたら、これからは是非イナコと、あと私の村のものを優先的にお買い求めください!」
「そうしよう」
「そういえば、話は変わるんですが……」
いつになく和やかな雰囲気のせいで、アニはごく自然にお喋りを続けていた。
「リオット様は、やっぱり軍でお仕事をしている時は、部下に厳しく指導したりされるんですか?」
「なぜ、そのような事を……?」
リオットがわずかに動揺を見せる。
「そんな噂を小耳に挟んだんです。でも、リオット様はさっき私を手伝ってくださったみたいに優しい方のイメージなので、鬼なんて言われる姿が想像できなくて」
そう言われて、リオットはばつの悪いような苦い表情を浮かべた。隊内で『鬼』と称されていることに自覚があるらしい。
「まあ、決して甘くはないが……、しかし、軍人ならば当然の事。訓練や、ましてや実戦など、生半可な覚悟で臨めば本人も、仲間や守るべき民も命を落としかねない」
厳格軍人そのものの顔で語るリオットに、アニは配達員の話が思っていた以上に真実だったことを察する。
「……お前に、そのような指導をするつもりはない」
「えっと、ありがとうございます?」
軍隊式のスパルタ指導は遠慮したいので、アニは素直に礼を述べる。
「……つまらない話に付き合わせてしまったな」
「そんな、私こそ長々とお喋りしてしまってすみませんでした。でも、リオット様が、お仕事の時も周りの人たちのためを思っているんだなあって知ることができて、よかったです」
アニはそう言ってぺこりと一礼し、部屋を後にした。
それを見送ったリオットは、椅子に腰を下ろし深く息を吐いた。

目を閉じて先程のアニとの会話を反芻する。
故郷とイナコへの想いを語ったアニ。イナコとの縁が深い少女に、ますます「アニ姫」の影が色濃くなる。リオットの目には、今なおイナコを愛し、イナコとミリドニアの架け橋としての役割を果たしているようにしか見えない。
一方、自分ときたらどうだ。
物心ついたころから、リオットには身に覚えのない「記憶」があった。初めは夢に見たことを思い出しているのかと思っていたが、歳を経るごとにその「記憶」は生々しく色鮮やかになり、己の──この生より以前の己の実体験であると認めざるをえなくなった。
その「記憶」の中で、自分の心の多くの部分を占めていたのが、王への忠誠だった。
今のミリドニアにも王はいる。だがそれはかつてリオットが忠誠を捧げた王でもなければ、その息子の、時間をかけてやっと王の資質を顕してくれたあの王子でもない。それでもリオットが騎士団の志を継ぐこのミリドニア軍に入隊したのは、胸の底に渦巻く悔恨と償いの念があったからだ。
しかし、それだけだっただろうか。
今まで抱えてきた忠義や責任や戒めといった意識の奥で、それらとは違う熱い思いがまるで残り火のように燃え続けている、そんな感覚に襲われる。
そして、
「鬼、か」
かつては「戦場の悪鬼」などと呼ばれていたことを思い出す。今でも好戦的な性分は変わっていないとリオットは自覚している。そんな本性を露わにした姿を今のアニが目にしたら、――やはりいつかのように受け入れてくれるのではないか、という思いが心のどこかにあって、しかしそれはただの願望だと、リオットは己に言い聞かせた。
アニとともに時間を過ごせば過ごすほど、様々な感情が揺り動かされる。その度にリオットは、それを追い求めようとする己にブレーキをかける。
「彼女はアニ姫ではないのだから」
何度繰り返したかわからないそのフレーズを、リオットは今日も胸の内で唱えるのだった。

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